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疑念ある信仰―「ダウト~あるカトリック学校で~」

何気なく動画配信サービスHuluで鑑賞、翌日にはDVDと原作の単行本を購入した「ダウト~あるカトリック学校で~」。
とにかく圧倒されました。これは大変な名作です。

舞台はタイトル通り、ニューヨーク市中のカトリック系の学校。
教師はシスターなど聖職者が勤め、特に校長は信仰面でも教育面でも非常に厳格な人柄として知られています。
ここに体育と宗教倫理を担当するべくやって来たのが新しい教区司祭。つまり神父です。
校長は彼を観察している内に、彼が神父の身でありながら黒人の少年に手を出しているのではないかと疑惑を持つようになります。
ここから修道女と神父の激しい攻防が始まります。

神父は「彼は校内で唯一の黒人だから特に気に掛けているだけ」と主張。
しかし修道女は一歩も譲りません。最初は疑念であったものが確信に変わり、生徒を守るためならば手段を問わないと宣言。
ここに巻き込まれるのが新米の若いシスター。彼女は少年のクラスを受け持っており、かつ、シスターとして目上の者に絶対的に従わなければなりません。
つまりこの新米シスターは校内でも校外でも校長である修道女を完全な見本とし、常に教えを乞わなければならない立場なのです。
よって、神父と修道女の間で板挟みとなり、やがては信仰に揺らぎを感じます。
若さもあって神父の無実を信じたい、でも上長の修道女(校長)が意味もなく疑いを持つはずが無い。これは神の試練なのか。だとしたら、どう乗り越えれば良いのか。
苦悩している間にたまたま家族に病人が出たため、新米シスターは休暇を取ることに。
しばらくして戻って来たら、神父はもう学校にはいませんでした。
神父みずから願い出て別の教区に移動したのです。

校長は神父に対して「何故あなたがこの教区に移って来たのか、前にいた教区の事務所に電話して尋ねる」と脅しを掛けていました。
新米シスターはそれを覚えていて「本当に電話をしたのですね」と言うと、校長は「電話などしていない」と。
「でも、自分から出て行ったということはそういうことなのでしょう。移動先でまた彼は繰り返すのでしょうね」
淡々と語るベテラン修道女に新米シスターは驚きの目を向け、今回の騒動で信仰が薄れてしまったと率直に告白します。
厳格な修道女は、ここで初めて心をあらわにします。
「私たちはあまり長く眠ってはいけない、目を開けていなければならない、そうでなければ生徒を守れないし救えない。でも、私はその度に疑いを…信じるよりも疑いを…」

残念なことに、聖職者による児童虐待は現実のカトリック教会にとっても重要な問題です。
この作品はそれに毅然と向き合い、極めて端的な会話劇に仕立てました。
というのも、この映画の原作は戯曲なのです。映画化される前は舞台で演じられていました。
セリフのやりとりのテンポの良さや、場面が最小限に抑えられた展開の分かりやすさには、そうしたベースがあったからです。
舞台作品の映画化はともすれば単調になりがちなのですが、この作品に限っては全く当てはまりません。
映画にしては動きが少なく、あくまで会話が主体なのに、退屈する時など一瞬もありません。
先にも書いた通り、圧倒されっぱなしなのです。その会話に。
神父が何をどう弁解するのか、あらかじめ分かっているかの様に当意即妙で応じる修道女の姿に意識をすべて持って行かれてしまいます。
それほど強固であった彼女が、恐らくその会話の最中もずっと感じていたであろう「自分の信仰への疑念」を表すラストシーンは、ただただ切なく、しかし、崇高ですらあります。

本物の信仰というものには、疑念が必要なのだと私は思います。
でなければ盲信に陥ってしまいますから。
新米シスターは彼女から多くを学ぶことでしょう。
しかし、堪えきれずに修道女の道を捨てる可能性をも、ところどころで示唆しています。
信仰を貫くためにシスターで居つづける必要はありません。修道院の外にも信仰の道は多くあります。
そうした理由で還俗を選ぶシスターたちをも、この修道女は多く見てきたのでしょう。
学校という民間で奉仕活動を行う修道女たちは、あまりに多くのものを見すぎてしまいます。
それは神父にも言えること。時にはシスター達よりもずっと多く信者と関わる機会を持つので、誘惑が多いのです。
この修道女は神父の中に、自分の一部をも見たのではないでしょうか。
神への信仰を忘れて自分のしたいようにする弱さを。
だからこそ絶対に許せなかった。
でなければ、自らの信仰も破滅してしまい、これまでずっと神を欺き続けていたことになってしまうのです。

タイトルの「ダウト」、つまり疑念は信仰の裏返しです。
疑念をもって神に祈る、そして現実的な行動を取る。
本来、宗教とはそうした形を保っていなければならないように思えてなりません。

この映画のDVDは通常版(2009年発売)と廉価版(2012年発売)の2種類があります。
私は通常版を購入しました。吹き替え版が収録されているからです。
洋画の吹き替えを好まない私ですが、最初にHuluで観た時に吹き替え版しか配信されておらず、それでも役者さんの演技力が非常に素晴らしかったのです。
メリル・ストリープの演技こそまさに圧巻ですが、この作品に限っては吹き替えも引けを取りません。
いつかブロードウェイで舞台版を観劇してみたいものです。その日まではDVDで、言語、吹き替え、両方を繰り返し繰り返し、鑑賞し続けるつもりです。